静岡地方裁判所 昭和25年(行)13号 判決
原告 渡辺安彦 外二名
被告 静岡県農業委員会・吉原市農業委員会
一、主 文
一、別紙目録第一及び第二記載の土地につき昭和二十五年一月三十日静岡県農業委員会のなした訴願棄却の裁決はこれを取消す。
二、別紙目録第三記載の土地につき昭和二十五年二月二十八日静岡県農業委員会のなした訴願棄却の裁決はこれを取消す。
三、別紙目録第四及び第五記載の土地につきなされた売渡計画の無効確認を求める原告英五の請求はこれを棄却する。
原告英五のその余の訴はこれを却下する。
四、訴訟費用中原告等と被告静岡県農業委員会との間に生じた分は同被告の負担とし、その余はすべて原告英五の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は「一、被告静岡県農業委員会は(イ)原告渡辺安彦所有別紙目録第一記載及び原告鈴木為芳所有別紙目録第二記載の各土地に対する昭和二十五年一月三十日付の右原告等の訴願を棄却した裁決を取消すこと。(ロ)原告渡辺英五所有別紙目録第三記載の土地に対する昭和二十五年二月二十八日付の右原告の訴願を棄却した裁決を取消すこと。二、被告吉原市農業委員会は(イ)別紙目録第四同第五記載の原告渡辺英五の賃借地に対する同委員会の昭和二十五年二月十三日付農地売渡計画の無効を確認する。右が理由のない場合は(ロ)右農地売渡計画を取消す。仮りに(イ)(ロ)が理由なしとすれば(ハ)自作農創設特別措置法第二十二条第三項第四項に従い、原告渡辺英五の為に同法施行規則第二十七条に基く金三万七千円の損失補償認可申請を静岡県知事に提出すべき義務あることを確認する。三、訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。」との旨の判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。
一、各処分の経緯について
請求の趣旨第一の(イ)について、
原告渡辺安彦所有の吉原市新畦八四八番、地目山林、一反五畝二十三歩は別紙目録第六記載の通り二筆に、右同所八四三番の一、地目山林、一町二反七畝四歩は別紙目録第七記載の通り十六筆に、右同所八四三番の二、地目山林、二反三歩は別紙目録第八記載の通り五筆に、右同所八四三番の四、地目山林、一反五畝一歩は別紙目録第九記載の通り四筆に夫々分筆手続中のもの。原告鈴木為芳所有右同所八四〇番、地目山林、七反二畝十二歩は別紙目録第十記載の通り五筆に、右同所八四二番、地目山林、一反一畝九歩は別紙目録第十一記載の通り二筆に夫々分筆手続中のものであるが、被告吉原市農業委員会(当時農地委員会以下市委員会と略称する。)は右全土地に対し昭和二十三年八月十八日付を以て未墾地買収計画を樹立したので、これに対し右原告両名が被告静岡県農業委員会(当時農地委員会以下県委員会と略称する。)に訴願を提起中、更に、昭和二十四年二月二十六日右未墾地買収計画の対象地の一部である目録第一及び第二記載の土地につき遡及買収計画を樹立し、これに対し右原告両名が再度県委員会に訴願提起中、昭和二十四年五月十五日右目録第一及び第二記載の土地に対し三度重ねて遡及買収計画を樹立したので右原告両名は該買収計画に対しても、同年六月十五日県委員会に訴願を提起した。県委員会は昭和二十五年二月二十八日に至り同年一月三十日付を以て昭和二十四年六月十五日提起の訴願を棄却する旨の裁決をなし、該裁決は昭和二十五年三月九日原告等に到達した。
請求の趣旨第一の(ロ)について。
市委員会は原告渡辺英五所有別紙目録第三記載の土地、七反九畝二十八歩に対し昭和二十四年十二月六日付を以て遡及買収計画を樹立し、これに対する原告英五の異議申立を棄却したので、右原告は更に県委員会に訴願をなしたところ被告県委員会は昭和二十五年二月二十八日付を以て右訴願を棄却した。
請求の趣旨第二について。
被告市委員会は昭和二十四年十二月二日吉原市所有原告渡辺英五賃借中の別紙目録第四及び第五記載の土地を自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)により買収し、昭和二十五年二月十三日右第四記載の土地を訴外藤田国蔵に第五記載の土地を訴外渡辺錦造に対し売渡すべき旨の売渡計画を樹立したものである。
二、各処分の違法理由について。
目録第一及び第二記載の土地について。
本件買収計画は前掲の如くその樹立以前において既に二回に至り同一土地に対して未墾地買収計画、農地遡及買収計画が樹立されているのであり、その両計画は夫々適法の訴願提起により未だ未確定のものである。従つて本件買収計画は二重三重の買収計画であつて自創法の買収手続に関する規定、同法及び行政法上の行政処分とその不服申立制度、争訟行為の本質原理を没却した違法がある。次に本件土地は昭和二十年十一月二十三日現在においても、その計画樹立時においても農地ではなく、且つ、権原に基く小作人も存在しない。更に右第一記載の土地の所有者は、右基準時においても、計画樹立時においても原告安彦であつて所有者の変動はない。更に本件遡及買収の申請者である本件土地の耕作者訴外山本嘉市、同勝又唯七、同鈴木金作、同鈴木惣作、同渡辺芳一の五名は昭和二十四年一月二十七日付を以て同月二十九日被告市委員会に対して遡及買収請求を撤回したのであるからこれを維持している本件買収計画は違法である。尚又右第一及び第二記載の土地につき遡及買収請求をなした訴外秋山八郎治外九名は後記の如く右基準時において、本件土地の賃貸借契約が正当に終了しているに拘らず原告等の植林事業を故意に妨害して右土地を耕作しているものであつて、不法耕作を利用して本件遡及買収の請求をなしたのは、いづれも信義に反するものであるから被告市委員会は当然買収すべからざるものであるのに拘らず敢て買収請求に応じたのは違法である。これを更に詳述すれば、原告安彦所有の目録第一記載の土地を含む新畦八四八番、一反五畝二十三歩同所八四三番の一、一町二反七畝四歩同所八四三番の二、二反三歩同所八四三番の四、一反五畝一歩及び原告為芳所有の新畦八四〇番、七反二畝十二歩同所八四二番、一反九歩の中十歩(以上目録第二の土地全部を含む)はいづれも昭和十一年頃より茶畑として切開いたところ、悪質土質と茶の市価の低廉の為、昭和十六年より右土地全部に亘り茶畑を廃してしまつた上、二、三年後に植林なし易くするべく苗木植付用の切替畑として使用させることを計画し、原告等の土地の管理人訴外佐野喜作が訴外渡辺伝作を通じて同人及び訴外秋山八郎治、今川義通、渡辺錦造、藤田国蔵、山本嘉市、勝又唯七、鈴木金作、鈴木惣作、渡辺芳一等に切替の為一時的に耕作させる趣旨を明示して、期間は昭和十九年迄の三年間、賃貸料は約二町歩全部に付き一ケ年金三百円として貸与したものであり、同十九年六月右佐野喜作は原告安彦の代理人として賃貸期間満了による前記契約の終了と、これが更新拒絶を申入れたので右契約は約旨に従つて同年十二月末日を以て終了したものであり、昭和二十年十一月二十三日現在において、本件土地についての小作人は存在しないものである。その後佐野喜作は昭和二十年春本件土地全部に櫟苗五年生一万二千本を植栽すべく前記各賃借人に植付の依頼をなしたところ、同人等は擅に右櫟苗を他の地に仮植してしまつたので翌二十一年二月中に佐野喜作自ら前記新畦八四八番、同所八四三番の一、同所八四三番の二、合計一町六反余の地域に櫟五年生苗木を一反歩四百五十本の割合で植付を了し、同月二十五日地目変換の届出をなし更に同年十月迄の間に新畦八四三番の四、同所八四二番、同所八四〇番の土地合計約九反八畝二十二歩へ、右同様櫟苗の植付を了したもので農地ではない。更に別紙目録第一記載の土地の所有権については原告安彦は原告英五の甥(実妹の子)であり出生以来英五の父訴外亡五作方にて哺育され、右五作の死亡後は英五方に同居していたもので右五作が隠居した昭和十二年十二月二十五日右五作、原告英五、その他親族等協議の結果五作は前記土地を安彦に贈与し安彦はその所有者となつたものである。尤も之が移転登記は昭和二十一年九月十七日になされたのであるが原告安彦はもと植松家の相続人であり且つ、未成年者であつた為、後見人選任問題に当面し、植松家のこの土地に対する管理を排する必要があり、更にその後安彦が軍需工場の徴用軍隊服務等の関係で登記手続のみ遅れたものである。目録第二記載の土地については、昭和二十一年十二月三十日原告英五より原告為芳が贈与を受け、昭和二十三年六月十日その所有権移転登記がなされたものである。
目録第三記載の土地について。
被告市委員会は目録第三の土地について、自創法第六条の五に基づく遡及買収をなしたが右土地については昭和二十年十一月二十三日現在と本件買収計画樹立時において、その所有権賃借権、その他の権原に基づく耕作権者が異るものでもなく、所有権者又は所有権者の住居の変更したこともなく、又農地の改廃が行われたこともなく、従つて遡及買収をなすべき要件はない。尚被告の主張する吉原市榊水八九〇番、一反四歩、同所字坂の上九四三番の二、七反三畝二十五歩は昭和二十年十一月二十三日当時地目は畑であるが現況は八年生乃至十五年生の立木林であつて、殊に坂の上九四三番の二は収穫不定地であつたため昭和二十年十一月二十三日以前より山林となつており、只昭和二十年夏作以後も木の生長までの二、三年間は訴外高瀬五作、同天野公六等が唐もろこし、そば等の間作をなしたことはあるが、いづれも部落においても供出の対象地とはなしていなかつたものである。
目録第四第五記載の土地について。
本件土地の所有者は吉原市で俗に四区共有地と称する土地であるが賃借人は原告英五であり原告英五は昭和二十一年二月以降適法に植林を了し(目録第四の土地につき檜六年生、二百三十本、目録第五の土地につき檜六年生、百本、櫟九年生百五十本植栽)昭和二十四年吉原市長よりの植林証明を得、立木登記も了しているものである。従つて法人所有の小作地でないので右土地の買収は無効と云うべきであるから無効の買収計画に基く本件売渡計画は無効である。仮りに瑕疵が無効をきたさないとしても取消し得べきものである。更に仮りに右瑕疵について理由がないとしても目録第四第五記載の土地の賃借人は原告英五であり訴外藤田国蔵、同渡辺錦造ではない。従つて右両地を同訴外人等に売渡す計画は無効であり、無効でないとしても取消し得べきものである。更に仮りに本件売渡計画に違法がないとするならば、本件売渡処分によつて原告英五の本件土地に対する賃借権は消滅し同地上の立木は全く除去せられ、檜六年生一本金五十円、櫟九年生一本金八十円の割合によつて合計金三万七千円相当の損害を受けることとなる。自創法第二十二条は政府がこの損失を補償すべき義務をもち、被告市委員会は静岡県知事の認可を得て補償金額を決定すべき義務を有する旨を規定しているから、被告市委員会に対し自創法施行規則第二十七条に基き、原告英五の為金三万七千円の補償認可申請書を静岡県知事に提出する義務のあることの確認を求めるものである。
尚目録第四第五記載の土地の売渡計画につき異議訴願のないことは争わないと述べた(立証省略)。
被告等訴訟代理人並びに指定代理人等は「別紙目録第一第二第三の土地に関する原告等の請求はいづれもこれを棄却する。別紙目録第四第五の土地に関する原告英五の無効を求める請求はこれを棄却し、爾余の請求はこれを却下する。訴訟費用は原告等の負担とする」との旨の判決を求め答弁として、別紙目録第一乃至第五の土地につき原告等主張の日時に、夫々その主張の如き内容の買収計画(第四及び第五の土地につき売渡計画)の樹立があり、その買収計画につき夫々その主張の日時に異議決定訴願及び訴願裁決がありその通知がその主張の日時に到達したこと、原告主張の如き土地の分割手続のなされていることは認める。然しながら被告市委員会は、昭和二十三年八月十八日樹立した目録第一及び第二の土地を含む未墾地買収については、原告安彦及び為芳より右計画中一町五反六畝十歩は現況農地であり、他は開墾不適地であるとの異議訴願があつたのでその訴願繋続中右両原告の農地として主張する目録第一及び第二の土地につき、昭和二十年十一月二十三日現在において当時の所有者原告英五につき遡及買収の要件が存することを認め、昭和二十四年一月二十六日前記未墾地買収計画を取消して、同年四月三十日公告し、同年二月二十六日右土地につき改めて農地買収計画を樹立したが、原告安彦及び為芳は再び右計画に異議訴願をなしたところが被告市委員会は右の農地買収計画樹立に当り前記未墾地買収計画の取消を原告等に通知しなかつたことを発見し、昭和二十四年五月十四日再び右農地買収計画を取消し、右両計画の取消を即日公告した上翌十五日新たに本件農地遡及買収計画を自創法第六条の五に基いて樹立したものである。行政庁に訴願繋続中と雖も、原処分庁が手続上の欠陥を発見して自主的に原処分を取消した場合原処分は消滅するのであるから本件買収計画は同一土地に対する三重の買収計画ではない。目録第一及び第二の土地は、明治時代から茶畑として存し今宮部落民はこれを請負耕作していたところ昭和十七年に至り請負人等の報酬値上げ要求を機会に偶々茶価の暴落と併せ考えた原告英五が、茶畑を廃することを決して同年三、四月頃約一町五反六畝十歩の本件農地を同原告の代理人訴外佐野喜作を通じ訴外秋山八郎治等十名に対し、一人当り約一反五畝歩に分割し期間五ケ年、小作料年額一反当り二十円と定め素畑として賃貸したものであり、現在に至るまで耕作を継続しているものである。昭和十九年暮頃訴外渡辺伝作が他の小作人等を代表して同年度分の小作料を納入に赴いた際原告英五より食糧事情逼迫の折柄穀物の持参を求められこれに応じない為不満を表明されたことから、その煩を避ける為同訴外人は耕作権を訴外秋山徳次に譲渡したことは認めるが賃貸借契約の終了の申入れを受け又は更新拒絶の申入れを受けた事実はない。更に原告英五は昭和二十年春右渡辺伝作方に櫟苗木を運び、右賃借中の土地に植林すべく土地の明渡を求めたが小作人等相談の結果未だ賃借期間中であることを理由に明渡を拒否することに一決し、原告英五に通告したので右原告もこれを諒とし、右賃借地に植付けることはやめたものである。尚翌二十一年麦刈取前、再び、未だ賃借中の右小作地に前記苗木を移植し、昭和二十二年春にも同様の植付をなしたものである。原告等は小作人等の一部が契約終了を認めて土地を返還したと主張するが、右は任意の明渡ではなく、吉原警察署え告訴等をされた結果、煩に耐えず昭和二十三年乃至同二十四年に至つて耕作を中止したものである。次に右目録第一及び第二の土地の所有者は昭和二十年十一月二十三日現在においては原告英五であり第一の土地はその後昭和二十一年九月十七日原告安彦に第二の土地は昭和二十一年十二月三十日原告為芳に夫々贈与され、前者に付ては右同日後者については昭和二十三年六月十日夫々所有権移転登記をなしたものであつて、目録第一第二の土地に付原告主張の日時に贈与があつた旨の原告等の主張は否認する。仮りに目録第一の土地の贈与が原告等主張の日時において行われたとしても登記簿上その所有権移転登記がないから被告県委員会には対抗出来ない。従つて目録第一及び第二の土地は昭和二十年十一月二十三日現在においては権原ある小作人の耕作していた農地であり、その後前記日時に夫々所有者が変更した土地である。原告等は小作人等の遡及買収請求は信義に反しこれを許容すべきではないと主張するが小作人等は前記の通り契約に基いて正当に耕作に従事していたもので、原告等こそその義務に反して小作人等の耕作を妨害したものであるから、小作人等は何等信義に反するものではない。而も目録第一及び第二の土地につき昭和二十一、二年に至り原告英五より原告安彦、同為芳に譲渡したものであるから自創法第六条の五による遡及買収要件は存する。本件目録第三の土地については原告英五の主張の通り買収計画を樹立し、その提起した訴願を棄却したことは争わない。同原告は右農地の外吉原市今宮字榊水八九〇番、一反四歩及び同所字坂上九四三番の二、七反三畝二十五歩の小作地を有し合計八反歩を超過しているので右両農地を保有面積に算入して目録第三の土地を買収したものである。原告は右農地の中今宮字坂上九四三番地の二は農地でないと主張するが右土地は訴外高瀬五作が賃借耕作していた小作地である。更に原告は目録第三の土地については自創法第六条の五の要件を欠き従つて遡及買収は出来ないものと主張する。なるほど右土地自体には自創法第六条の五に該当する変動のなかつたことは認めるが、同条の趣旨は昭和二十年十一月二十三日現在の事実を捉えて買収の根底としなければ不公平不当な結果を生ずる為に同日現在における事実に基いて買収計画を樹立することが出来る旨を規定したものであると解せられるので、原告英五の如く基準時において所有していた農地をその後植林し或は譲渡して保有面積を欠くに至つた場合は尚遡及買収は出来るものであり、而も吉原市農業委員会の地区においても保有小作面積が八反歩であることは原告も争わぬところであるから本件遡及買収には何等の違法はない。
目録第四及び第五の土地が所謂四区共有地と称せられ吉原市の所有に属し右土地に対し原告英五が賃借権を有することは争わないが現況は正に農地であるから他に買収洩れの農地があるとしても右第四及び第五の土地の買収の効力に消長を来すものではない。
更に右農地は訴外藤田国蔵同渡辺錦造が原告英五より転借小作中であつたものであるから本件売渡計画には何等無効原因はない。原告は予備的に右売渡計画の取消を求めているが右売渡計画に対して原告英五は異議訴願をなしていないから訴願前置の要件を欠く不適法な訴として却下すべきである。更に原告は本件売渡計画が違法でないとするならば被告市委員会は県知事に対し同農地上の樹木の補償金三万七千円の補償認可申請書の提出義務の確認を求めているがこれは実質的に行政庁をして行政処分を為さしむべきことを司法機関に訴えるものであるから主張自体不適法として却下さるべきものであると述べた(立証省略)。
三、理 由
先づ別紙目録第一及び第二記載の土地に関する原告渡辺安彦、同鈴木為芳の請求の当否について判断する。
原告渡辺安彦所有の吉原市新畦八四八番、地目山林、一反五畝二十三歩が別紙目録第六記載の通り二筆に、同じく同所八四三番の一地目山林、一町二反七畝四歩が別紙目録第七記載の通り十六筆に、同じく同所八四三番の二、地目山林、二反三歩が別紙目録第八記載の通り五筆に、同じく同所八四三番の四、地目山林、一反五畝一歩が別紙目録第九記載の通り四筆に夫々分筆手続中のもの。原告為芳所有の右同所八四〇番、地目山林、七反二畝十二歩が別紙目録第十記載の通り五筆に、同じく同所八四二番、地目山林、一反一畝九歩が別紙目録第十一記載の通り二筆に夫々分筆手続中のものであること、被告市委員会が昭和二十三年八月十八日付を以て、別紙目録第一、第二記載の土地を含む原告等主張の土地に付、未墾地買収計画を樹てこれに対し右原告両名が被告県委員会に訴願提起中、昭和二十四年二月二十六日に再度別紙目録第一第二記載の土地につき遡及買収請求による農地買収計画を樹て、右農地買収計画に対して右原告等が県委員会に訴願提起中、更に同年五月十五日、右第一及び第二記載の土地に対して重ねて農地としての遡及買収計画を樹てたので、右原告等は、右計画に対しても同年六月十五日被告県委員会に本件訴願を提起したこと、ところが被告県委員会は昭和二十五年二月二十八日に至り同年一月三十日付を以て右訴願を棄却する旨の裁決をなし右裁決が同年三月九日原告等に到達したことは両当事者間に争のないところである。
そこで先づ、本件買収計画は、前後三回に亘りなされた三重の買収計画であるから違法であるとの原告等の主張の当否につき考えると、証人佐野静男、同勝山憲三、同仁藤政雄(後記不措信部分を除く)の各証言を綜合すると、昭和二十三年度において被告市委員会は本件係争地及びその周辺の土地を含めて未墾地買収計画を樹立したのであるが、原告等より、その対象土地は未墾地ではない旨の異議申立があつたので、被告市委員会は調査の上昭和二十四年一月二十六日に至り右未墾地買収計画の取消決議をなし、改めて同年二月二十六日申請に基く農地遡及買収計画を樹立した。ところが被告市委員会においては、先の未墾地買収計画の取消処分の公告をしていないことに気づき、改めて同年四月三十日付を以てその取消処分の公告をなすと共に、右農地遡及買収計画についても手続上不備の点あることをみとめ、これまた、同年五月十四日に至り、その取消決議をなした上、即日その旨告示したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかしておよそ行政庁が自己のなした行政処分について、その瑕疵を発見した場合においては当該行政処分が国民に権利を与え又は義務を免れしむるものであるとき、その他その処分がすでに異議訴願等の方法により関係当事者により争われ監督官庁において変更され、又は公権的判断機関によつて確定されたものであるときは格別、然らざる限り当該処分庁において自らこれを取消し得るものと解するを相当とするところ、右未墾地買収計画及び第一回農地遡及買収計画の取消が右いづれの特段の事情ある場合にも該当しないことは本件弁論の全趣旨に徴し当事者間に争ないところであるから前記取消は適法であり従つて本件農地遡及買収計画は、前処分の取消後の樹立に係り決して重複してなされたものでないから、同一土地に対し三重の買収計画を樹立したとの原告等の主張は理由がない。
次に前記別紙目録第一及び第二記載の土地に対する本件遡及買収計画は、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第六条の五に基き、昭和二十年十一月二十三日現在と買収計画を定める時期とにおいてその所有者の異る農地としてこれをなしたものであることは成立に争なき甲第五号証及び被告の弁論の全趣旨より認め得られるところである。
原告安彦は、本件買収計画が重複の買収計画でないにしても別紙目録第一記載の土地は原告安彦が昭和十一年に原告英五より贈与を受けたものであるから基準時である昭和二十年十一月二十三日現在において既に自己の所有地である、よつて当時の所有者を原告英五であると認めてなした本件買収計画は違法である、と主張するがこの点に関する証人佐野喜作及び証人渡辺りよの各証言(いづれも後記措信部分を除く)は措信できない、而して他に原告安彦が昭和二十年十一月二十三日以前においてその所有権を取得したことを認むるに足る証拠はないのみならず却つて右土地の所有権移転登記が昭和二十一年九月十七日右両者間においてなされたことの当事者間に争ない事実に徴すると、右登記の日に贈与があつたものと認めるのを相当とする、よつてこの点についての原告安彦の主張もまた理由がない。
次に、原告安彦、同為芳は、本件土地はいづれも昭和二十年十一月二十三日現在においては農地でもなく、又、小作地でもないと主張するのでこの点について考えると証人佐野喜作、同渡辺りよ(いづれも前記不措信部分を除く)同渡辺森作、同渡辺松男の証言を綜合すると本件土地は元原告英五の父五作の所有地であつて同人の存命中より茶畑として利用耕作し、同地附近に居住する訴外秋山八郎治、同今川義通、同渡辺錦造、同藤田国蔵、同渡辺伝作、同鈴木惣作、同勝又唯七、同渡辺芳一、同山本嘉市、同鈴木金作等を雇傭して耕作せしめていたところ、右五作死亡後の昭和十六年中茶葉の市価が暴落し他方雇傭人等から賃金の値上要求があつた為、原告英五は同地を管理していた佐野喜作と協議の上、同地の茶園を廃して植林地となすことに定め、佐野喜作は原告英五の諒解を得て同土地の地味の瘠せた部分に先づ植樹し、他の部分は茶の木を抜き去る手間もかかるので一時的に貸与耕作せしめることとして訴外渡辺森作を介し訴外渡辺伝作、同秋山八郎治、同今川義通、同藤田国蔵、同勝又唯七、同鈴木金作、同鈴木惣作、同渡辺芳一、同山本嘉市等の耕作代表者渡辺伝作に対し本件土地の面積を約二町歩と見積り、賃料を全地につき一ケ年金三百円と定めて一括して貸与したこと。そしてその使用方法は耕作者等において自由にこれを定め得ることとしたがいづれ近い将来植林する土地であるため賃貸期間を向う五ケ年と定めたこと、かくて右耕作者等は全地を十区分して、各その一区宛を耕作すると共に右耕作地の年貢は耕作者代表渡辺伝作においてこれを取纏め、昭和十九年度分まで原告英五方に持参して納入し、その後の分は英五方で年貢の収納を拒否したので納入しなかつたこと、ところが右伝作はその後子弟の入隊の為労働力が不足したので借地期間が尚二ケ年あるものとして、昭和十九年秋頃より、訴外秋山徳次に耕作権を譲り爾来同所は秋山徳次が耕作していたこと、更に渡辺伝作が昭和十九年度分の年貢を英五方に持参した際英五の妻りよは、本件新畦の土地は植樹するから返還されたいと申入れた上昭和二十年春頃に至り佐野喜作をして購入せしめた櫟苗一万五千本を植樹すべく渡辺伝作方に搬入せしめたところ耕作者側において、いまだ賃借期間が残つているとの理由でこれを拒否し、右苗を他の土地に一括仮植してしまつたので佐野喜作は翌二十一年四月頃から自ら櫟苗等を本件土地に植樹したことが夫々認められる。右認定に反する証人渡辺錦造、同藤田国蔵(いづれも後記措信部分を除く)同秋山徳次、同佐野喜作(前記措信部分を除く)の各証言は措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。しかりとすれば、本件土地は昭和二十年十一月二十三日現在においては秋山八郎治等の耕作者によつて耕作され何等樹木も植栽されていなかつた土地であり、明かに農地と認めるべきであり、且つ右耕作者等は正当な権原に基いて耕作をなしていたものであるから正に小作地であつたと認めざるを得ない。よつてこの点に関する原告等の主張もまた理由のないものである。
原告等は更に、右耕作者等は遡及買収の申請を撤回したものであり、且又本件小作関係は正当且つ適法に終了したに拘らず尚不法耕作をなしていたものであるから本件買収は申請のない点において、その要件を欠き、又信義に反するものであると主張するから考察するに、本件遡及買収が自創法第六条の五に基く、いわゆる職権による遡及買収であることは前記認定の通りであるから耕作者より買収申請を必要とすることを前提とする所論は採用の限りではない。しかしながら別紙目録第一記載の土地は前記認定の通り昭和二十一年九月十七日にその所有者が英五より原告安彦に、別紙目録第二記載の土地は、昭和二十一年十二月三十一日にその所有者が英五より原告為芳に夫々変つたものであることは、両当事者間に争のないところであるが右土地の賃貸借については契約の締結時において近くその使用目的を変更し植林地となす旨を明示し、その間切替畑として耕作せしめることとし、期間も五ケ年と定めたことは、前段認定の通りであるから、右契約は農地調整法第九条第二項但書の一時賃貸借契約をなした場合に該当するものと認むるを相当とし、従つて何等特段の手続をなすことを要せず、右期間終了の昭和二十一年末限り適法且つ正当に右小作関係は終了したものといわなければならない。(昭和二十一年法律第四十二号第二次改正農調法第九条)しかして自創法第六条の五第二項で準用する同法第六条の二第二項第一号には解除解約、更新拒絶が適法且つ正当と認められた場合は当該小作地を買収することを定めることができない旨規定せられているが、同号の趣旨とするところは右基準時以後耕作権が適法且つ正当に消滅したと認め得られる場合にはあえて遡及買収の挙に出ることは相当でないとなしたるによることは明かであるから、本件における如く、賃貸借期間の終了によつて小作関係の消滅した場合もこれに準じ遡及して買収することができないものと解するを相当とする。然りとすれば本件第一第二目録記載の土地の遡及買収計画はこの点において買収すべからざる土地に対する買収計画であり、これを維持した本件訴願裁決は結局違法のものとして取消すべきものといわなければならない。
次に別紙目録第三記載の土地に関する原告英五の請求の当否につき考察するに右土地については昭和二十四年十二月六日付を以て遡及買収計画が樹立され、原告の異議申立手続を経て提起した訴願につき被告県委員会が昭和二十五年二月二十八日付を以て訴願棄却の裁決をなしたことは両当事者間に争なく、右遡及買収計画は自創法第六条の五に則り樹立されたものであることは被告委員会の自ら主張するところである。而して被告は本件農地そのものについては、同法第六条の五に規定する基準時と買収計画樹立時との間に耕作権者の変更も、所有者及びその住居の変更もなく、更に依然として農地であることを認めている。被告は右第六条の五は基準時と買収計画樹立時との間に当該農地所有者の他の農地について耕作権その他同法第六条の五列記の変更を生じた場合も尚同条該当農地として何等変更なき農地をも買収し得ると主張するけれども、右条項は一定の農地に同条記載の変動がある場合にその農地につき買収計画樹立時の権利関係如何に拘らず基準時における権利関係を基礎として同法第三条の要件を考慮し、買収計画を樹立し得ることを定めたに過ぎないものであつて、当該農地所有者の他の農地につき第六条の五記載の要件の存する場合その所有に係るいづれの小作地をも買収し得る旨を規定したものとは到底解し難いから原告英五の本件土地に対する遡及買収は、その要件を欠き違法なるものと断ずるの外なく従つて取消を求める本件請求は正当のものとして認容せざるを得ない。
次に原告英五は別紙目録第四及び第五記載の土地は植林地であつて農地ではないから、これを小作地と誤認してなした買収計画は無効であり従つて売渡計画も無効である旨並びに仮に無効でないにしても取消しうべきものであると主張するのでこの点につき判断するに右土地が元吉原市所有原告英五賃借中のものであつたところ昭和二十四年十二月二日に買収せられ売渡計画が昭和二十五年二月十三日に樹立されたことは両当事者間に争ない。しかして成立に争なき甲第十八号証、証人渡辺りよ、同藤田国蔵、同渡辺錦造(以上いづれも前記不措信部分を除く)、同渡辺和作の各証言並びに昭和二十四年(モ)第一七一号事件の証拠保全検証の結果を綜合すると、本件土地は、前記別紙第一第二目録記載の新畦の土地と地続きとなつており昭和十六年に右新畦の土地を渡辺伝作等十名が原告英五より借受けた際本件土地は鈴木正雄が借受けたがその後鈴木正雄が使用しなかつたので藤田国蔵が内七畝余を、渡辺錦造が内約八畝を夫々耕作していたこと及び右土地については昭和二十一年春頃以降原告英五において植樹し、別紙目録第四の土地には檜六年生二百三十本別紙目録第五記載の土地には六年生檜百本九年生櫟百五十本育生していたが当時右藤田、渡辺らは自己の耕作権を主張しその樹間には新畦の土地と同様に麦、陸稲が各季節毎に間作されて農作物収穫のために利用せられ年々相当の収穫をあげていたことが認められ右認定を覆すに足る反対の証拠はない。然りとすれば六年生檜及び九年生櫟が夫々坪当り約一本平均宛育生せられている以上、一見植林地と認むべきものの如くであるが、前記各証拠上認め得られるが如くまた一面各季節毎に麦陸稲が植付けられて年々相当の収穫をあげていた状況に鑑みると農地と認められないこともなく、結局植林地たることが、しかく一見明瞭であるとは断定し難いから、よしこれを農地と見誤つて買収計画を樹立したからとて、かゝる瑕疵は買収計画を当然無効ならしめるものではないものと解すべく、従つて買収計画が無効なるが故に売渡計画も無効なる旨の主張は理由がなく、又右買収計画が前記の瑕疵を包蔵することにより取消し得べきものであるにしても右売渡計画に対して原告英五より異議訴願の手続の行われなかつたことは、原告英五自ら認めているところである。然りとすれば右取消請求の訴は自創法に規定する訴願手続を経由していないものであるから、この点において訴の要件を欠くものである。次に原告英五は、本件売渡計画の相手方たる藤田国蔵、渡辺錦造は本件土地の借地人ではないから本件売渡処分は無効であり仮に無効でなくても取消し得べきものであると主張し、右藤田国蔵、渡辺錦造両名に対し、本件農地が売渡されたことは被告のあえて争わないところであるけれどもたとえ政府が農地の売渡の相手方を誤つたとしても、かゝる売渡処分といえども当然無効となるものではないものと解するのを相当とすべく又右売渡処分に対し原告英五より異議訴願をなしたことのないことは前記認定の通りであるから右を原因とする取消請求については前段同様訴願前置の要件を欠くものと云うべく、結局別紙目録第四及び第五記載の土地についてなされた売渡処分の無効確認を求める本訴請求は失当として棄却するべきであり取消を求むる本件訴はその訴訟要件を欠くものとして却下すべきものと云うべきである。
次に原告は予備的請求として被告市委員会の補償認可申請書の提出義務の確認を求めているが自創法施行規則第二十七条に定める認可申請書の提出は市町村農業委員会が農地売渡処分により消滅する第三者の権利の損失補償額を決定するに当り監督官たる都道府県知事に対し、その認可を求むるためになす行政庁相互間の内部的な行為に過ぎないもので、もとより直接第三者に対し権利を賦与するものではなく、また第三者に対し市町村農業委員会としてこれを提出すべき義務を負うものでもないものと解すべきであるから、これが義務あることの確認を求める右請求もまた、到底許容し難いものと言わざるを得ない。
以上認定の通り別紙目録第一第二の土地に関する原告安彦、同為芳の請求及び別紙目録第三の土地に関する原告英五の請求は夫々理由があるからこれを認容し、その他は失当としてこれを棄却又は却下すべきものとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 小河八十次)
(目録省略)